自分ヒストリー…Ver.5

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こんにちわ。M@moruです。

昨日は雪が降ってました。

普段は軽くチラつく位なのに、昨日は意外と短時間ながら薄っすらと屋根が白くなりましたね。

私の住んでる場所は「寒いだけ」の場所と認識してますw

個人的には暖房(エアコン)が得意ではないので基本は付けません。
※あの空気が乾燥してる感じが苦手です。

なので、部屋は基本的に極寒です。

ペットボトル飲料なんて置いて朝方に飲んでみたら目が覚めるレベルですからね…。

まぁ、世間はインフルも大人気らしいので体調管理には気を付けていきたいと思います。

—–

では、前回の続きです。

大都会に憧れ、高校卒業と同時に関東の専門学校に入った私。

飛び込んだ先は”地元より田舎だったという衝撃”

そんなのどかな場所ですが、今振り返ると第二の故郷のように思える深い思い入れの場所ですね。

まぁ、私は社会人になっても放浪癖が有ったので各地を転々としていましたので第二の故郷は複数ありますw

もうこの時点で第二では無い事が発覚してますが勘弁してください。

専門学校は2年間で「国家二級自動車整備士」の取得を目指し、+1年で「自動車車体整備士」を目指せる学校でした。

一先ずは「国家資格」の整備士を取る事を目指すのですが、当時は「めっちゃ勉強やん」って事しか覚えてません。

当時は「改造」に興味があったわけです。

でも、本当の車の構造とか興味なかったんですw

勿論、エンジン工学とかは好きでした排気量の算出とか今はもう記憶の彼方です。

高いお金を払って入学させてくれた親には申し訳ないと感じてはいます。

今では改造するには「基本を知らないと壊れるだけ」って認識はしてますが、当時はそんな考えも欠落してました。

歳を重ねてから「勉強しとけば良かった」って大半の大人が後悔するらしいですが私も見事にその枠にインしました。

ちなみに同級生は大半が私と同じく専門から車を学び出した人間ですが、中には高校で自動車整備を学んでいた子も数人いました。

その数人は在学途中に「三級整備士」の資格にチャレンジ出来、見事に合格していました。

同い年なのに「格が違う」みたいな眼差しで見てました。

私たちは「二級」を取れば良いのですが、「二級は基礎」「三級は基礎中の基礎」ってイメージかな。

あくまで個人的主幹ではありますが…「圧倒的に三級の方が難しい!!」

これが「格が違う」の理由ですw

同級生で「三級取れるのはエグい」って皆言ってました。

更には同じ勉強しているのに「質問の深さが違う」んですw

もう、その意味が分からないので日本語で聞いて英語で返ってくるレベルの難解さでした。
※あくまで私の脳内レベルの話なのでw

何でもそうなのですが、基本を知らないと派生する幅が変わってくるんだなって思います。

まぁ、そんな感じで色々と学びましたが「追試」や「補講」の常連メンバーでしたw

勉強って面白いなって思ったのは「学び方」を知らないと同じ授業を聞いていても吸収の仕方が全く違ってくるって事。

私は学び方を知らない人間だったので中身がペラッペラでした。

今も勉強の仕方を知っているかといわれると微妙ですが…

因みに「二級自動車整備士」の合格率って知ってます?

学校行ってたら基本的には「85~95%」で合格するんです。

しかも受験するのは筆記のみで実技は学校授業で免除となります。

なので筆記試験は過去問やって「ひたすら詰め込み」でやってました。

もう夢にも問題が出てくるくらいにw

2泊3日の勉強合宿なんかもありましたが「15時間連続過去問テスト」の繰り返し。

もう皆壊れてましたよねw

そんな感じでも無事に合格し、晴れて整備士として名乗れるようになりました。

ただ、実技を授業でやってても「実践」では役に立たない事が多いと思います。

それに勉強してたとしても使わないと記憶から消えていくんだなって改めて思います。

「実践に勝るものは無し」だと思います。

そんなこんなで何を書いてるか分からなくなりましたが専門も卒業し、就職となりました。

専門学校時代の細かい部分は多すぎて書けないので、追々。

また就職活動でも波乱万丈があり、それについても書いていきたいと思います。

では、一先ずここまで。

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